東京地方裁判所 昭和58年(ヨ)2054号 決定 1985年1月22日
債権者 甲野太郎
<ほか一名>
右両名代理人弁護士 伊藤廣保
同 小原健
同 松原暁
同 萬場友章
債務者 社会福祉法人丙川
右代表者理事長 丁原松夫
債務者 丁原松夫
右両名代理人弁護士 河嶋昭
同 井関浩
同 高井伸夫
主文
本件仮処分申請をいずれも却下する。
申請費用は債権者らの負担とする。
理由
第一
一 申立
1 本案判決確定に至るまで、債務者丁原松夫は債務者社会福祉法人丙川の理事兼理事長の職務を執行してはならない。
2 債務者社会福祉法人丙川は、債務者丁原松夫に前記各職務を執行させてはならない。
右職務執行停止期間中、しかるべき者を職務代行者に選任する。
二 債務者ら
主文同旨
第二
一 申請の理由
(被保全権利)
1 債権者甲野太郎、同乙山春夫は、いずれも債務者社会福祉法人丙川(以下債務者法人という。)の理事である。
2 債務者丁原松夫は、債務者法人の監事であったところ、昭和五八年七月一三日に開催されたとする同法人の理事会において理事に選任されたと称し、また同年八月二七日に開催されたとする理事会において、理事長に互選されたと称し、東京法務局新宿出張所においてその旨の登記を了している。
3 しかしながら、債務者法人は、昭和五八年七月一三日午後一時に理事会を招集したことはあるが、同理事会においては理事長であった戊田竹夫を解任する旨の決議をしたのみであり、債務者丁原を理事に選任したこともなく、同日午後五時に至って理事会を開催した事実もなく、理事会決議はいずれも不存在である。
4 また債務者法人の議事録によれば、同年八月二七日午後六時に理事会を開催したとし、理事八名中六名が出席した旨の記載があるが、債権者両名を始め、申請外理事甲田梅夫、同乙田夏夫、同丙田秋夫の五名の理事はかかる理事会に出席していず、定足数六名以上の理事が集った事実はない。
(保全の必理性)
右のごとく債権者らは、債務者らに対し、右各理事会決議不存在を理由に、債務者丁原が債務者法人の理事長兼理事の地位にないことの確認を求める訴を提起すべく準備中であるが、このまま放置するときは、債務者法人はその資格のない理事長兼理事によって運用されることとなり、回復しがたい損害を蒙る虞れがあるので、本案判決に至るまで債務者丁原の理事長兼理事の職務執行を停止し、その職務代行者の選任を求めるため本件仮処分申請に及んだ。
二 申請の理由に対する債務者らの答弁ならびに反論
1 答弁
(一) 申請の理由1の事実は否認する。債権者両名は、債務者法人の理事の地位になく、後任理事も選任されているから理事の善処義務もなく従って仮処分申請の利益を有せず、本件仮処分申請は不適法として却下されるべきである。
(二) 同2の事実のうち、債務者丁原が債務者法人の監事であったこと、同法人の理事兼理事長に選任され、その旨の登記を了していることは認める。
(三) 同3の事実のうち、債権者ら主張の理事会が混乱のうちに同日午後三時頃終了しその後の理事会はないことは認めるが、その余の主張は争う。
(四) 同4の事実のうち、債権者ら主張の議事録の記載があること、その理事会に債権者両名及び申請外甲田が出席しなかったことは認める。
(五) 保全の必要性の主張は争う。債権者らは理事でないから保全を問う必要性はない。
2 反論
債務者法人の理事は、申請外戊田竹夫、前記甲田、丁田冬夫、前記丙田秋夫、同乙田夏夫、戊原一夫及び債権者両名の合計八名であったが、理事長戊田竹夫と副理事長甲田との派閥意識の確執から、前記主張の昭和五八年七月一三日午後一時に債務者法人の本部会議室において開催された理事会が本題を離れた動議の提出により大混乱に陥ったことから、事態を収拾するため、丁原監事が理事全員が辞表をだすよう、しかも新理事の選任権並びに同意権も一切丁原、甲山両監事に一任するよう説得したところ理事ら全員がこれに応じたため、丁原監事は、甲山監事とともに昭和五九年八月二七日ころ、新理事として旧理事であった丁田冬夫、乙田夏夫、戊原一夫及び債務者丁原を監事辞任のうえ選任し、同人らは就任を承諾し同日六時開催された四名の新理事会で互選で債務者丁原が理事長に選任された。
その後債務者丁原は、新理事として、順次同年九月三〇日に前記甲山を、同年一一月二六日に丙山五郎、丁山十郎に選任委嘱し、右理事会は、これに同意した。
3 債権者らの再反論
(一) 前記七月一三日に開催された臨時理事会が混乱に陥ったのは、申請外前記戊田が解任動議の可決を不満としてこれに従おうとしなかったため、混乱に陥ったものである。
(二) 債権者らが「辞任届」を債務者丁原に預けたのは、事態収拾のための便宜的手段として、丁原がいう「通じるものではない」「これを使いません」との明言を信じて、なしたものにすぎず、債権者らが債務者法人を真に辞任した事実はない。
(三) 債権者らは、債務者丁原、監事甲山に、新理事選任に関する権限を含む一切の権限を授与していない。
(四) 仮りに右授権があったとしても、後継理事の選任を含む包括的な委任は無効であり、前記主張の如く真意はなかったのであるから心裡留保においても無効であり、また監事と理事の兼任の禁止の趣旨からいって、理事の権限の重要な部分を監事たる債務者丁原に授与することは許されず無効である。
第三当裁判所の判断
一 当事者間に争いのない事実及び《証拠省略》によれば、次の事実が一応認められる。
1 債務者法人は、社会福祉事業法にいう第二種社会福祉事業として、明治四四年に社団法人丙原診療所として創立認可され、窮厄にある者を実費をもって診療せんと目的として発足したものであること、
2 その後債務者法人はその後の消長を経て、丙野・クリニック、丙河病院及び丙海病院の三つの病院を経営するに至ったが、国民皆保険制度の確立の下その経営基盤は必ずしも強固でなく、戊田竹夫理事長体制においても難問を抱えていたこと、殊に昭和五八年夏に至って理事会として従業員の夏期賞与支払額の早期決定とホルター心電計解析事業計画を推進するかという二大問題を抱え債権者両名及び甲田副理事長を含む乙田一郎の五名の理事から戊田理事長宛に早期の理事会を開催すべきことを要求されていたこと、それにも拘らず戊田理事長は後記監査報告の結果待ちもあって理事会を招集して開催しなかったため、甲田副理事長初め五名の理事は理事懇談会を別に開催して右の問題の解決を独自に図ろうとしていたこと、
3 一方債務者丁原監事及び甲山監事は、本部経費の明瞭化を労働組合から指摘されたこともあって甲田副理事長の配偶者が代表者となっているジャパンメディカルコンサルタントから、真にコンサルタント料の対価として債務者法人がそれに相応しい役務の提供を受けてきていたのか、債権者甲野の妻である甲野花子に対し支給する給与について、債務者法人がその対価としての役務の提供を受けているかとの点を中心に監査をしており、右監事らは戊田理事長宛に若干の疑問点があるとして昭和五八年六月三〇日に監査結果を報告していたこと、
4 このような事情のもとに昭和五八年七月一三日午後一時三〇分本部事務室において、理事八名監事二名全員出席のもと臨時理事会が開催され、本来の議題である夏期賞与の件、収益事業に関する件、監査報告の件が討議されることになったこと、
5 ところが冒頭から戊田理事長の解任動議が債権者甲野から提出され、本来の議題に入ることなく理事会は悶着して混乱に陥ったこと、これを双方対立してのっぴきならぬ状態に立ち至ったと判断した債務者丁原が、混乱事態収拾のため「理事全員の責任であるから全員辞表を書くよう」に助言したところ、理事全員が《証拠省略》の辞任届に署名捺印し、監事両名に右辞任届を手交したこと、そのため議場の混乱は治り、午後三時ころ散会したこと、
6 その後債務者丁原、甲山監事は、右混乱の原因が戊田、甲田の両理事にあると判断し、両名を除外し、更に債権者ら両名を除外し、昭和五八年八月二七日に、それまで理事であった丁田冬夫、乙田夏夫、戊原一夫の三名を改めて新理事として委嘱し、同時に債務者丁原も監事を辞任して新理事として選任されたこと、その後同年九月三〇日に前記甲山を、同年一一月二六日に丙山五郎、丁山十郎を新理事に委嘱し、新理事会もこれに同意したこと、
二 以上の疎明事実からすれば、債権者らは辞任の有効無効を争う前任理事であり、債務者主張の理事会決議の有効無効により、自己の地位を法律上左右されるものであるから、本件仮処分申請の利益があることはいうまでもなく、債務者らの本案前の抗弁は理由がない。
三 そこで進んで、被保全権利の中身について、当裁判所が判断するに、
1 昭和五八年七月一三日午後一時三〇分に開催された臨時理事会における混乱が、債権者主張のように戊田理事長の解任決議が一旦なされた後、戊田が右解任決議に従わなかったため、その原因が生じたのか、債務者主張の如く債権者甲野の緊急動議提出のため冒頭から混乱に陥ったのか、提出された疎明資料からだけではにわかに判断しがたいことであるが、すくなくとも事態を収拾するため、債務者丁原監事の助言に従って、理事全員が辞任届に自署捺印し辞任届を監事たる債務者丁原らに手交したことはまぎれもない事実である。かような事実は異常事態ともいえるが、民法及び社会福祉事業法が理事の欠けたるとして仮理事制度を採用していることからすれば、異常な事態とはいえ、全員辞任を全く禁止していると迄は解しえない。しかして債権者らは、右辞任に際し債務者丁原が「このような辞表は出すところへ出しても通るものではない」「これは使いませんから」と発言したから辞表を提出したまでだと主張し、従ってそれは真意でなく心裡留保により無効というが、《証拠省略》によれば、右のような事実が疎明されてないばかりか、仮りに右のような発言があったとしても監事は理事との関係では第三者でありまたその当時の辞任届を署名する理事各人の内心の動機がそれぞれまちまちであったとしても、元来代表権を有する理事相互間の関係において、理事各人が辞表の意思表示を確認し合ったことは否定できない。(監事の動機に違法があったとしても理事会全員一致の決議ともいうべきであり、その動機は決議の有効に影響を及ぼさない。)従って辞表の意思表示は理事相互において有効になされたと判断するのが相当である。
2 進んで、後任人事の選任権並びに同意権(定款六条、八条)を右理事ら全員が監事二名に授権したかを判断するに、理事全員の辞任が解散決議であったと迄解するのは相当でないと解されるところ、事態収拾の早期解決のため、理事ら全員が丙田が作成した辞任届に自署して、それを両監事に提出したことは、右の背景事情を総合すれば、後任人事の人選を含め、収拾解決策の権限を右両監事に一括して包括委任したと解するのが相当である。
ところで債権者らは、後任人事の選任権(委嘱権と同意権)を内部機関たる監事に包括授権することは無効であり、かえって仮理事が選任される迄全理事が善処すべき権限と義務とを有していた旨主張するので判断するに、
理事の任免に関しては、それが権限である以上全く一身専属的なものでなく法令定款の趣旨に反しない範囲で、他人にその権限を授与できると解される。しかして、理事はもともと法人の専属的な業務決定権者であり、代表権者である(社会福祉事業法三六条)から理事が在任しながらその権限を行使せずすべてを他人に委ねることはその任務の放棄を意味し民法五五条、社会福祉事業法四四条の趣旨に照らし許されないと解されしかも、その最も重要な人事権を他人に委任することは許されないと解される。
しかしながら同法の趣旨からすれば、理事会が自治能力を喪い、全員がその任務を去り辞任届を提出し、理事が総辞職した場合には、同法の適用の余地はないと解される。何故なら理事は理事職に在任しないから自己矛盾はないからである。しかしながらこのような理事全員の辞任という異常事態においても、新理事の人事権を全て他人に授与してしまうことは前記人事権のもつ重要性に鑑み原則として許されないと解されるが、しかし、自治能力を早期に回復するため理事全員が一致して、人事権を他人に授権したというのであれば、委任の趣旨や法の趣旨からしてこれを無効と迄いえないと解される。しかも、委任状という文書化されたものが存在する必要はない。
しかして、右授権が内部機関たる監事に対するのであれば、それは許されるかどうかは、理事と監事の兼職の趣旨(効力規定かは疑問)や、監事が本来任意的機関にすぎないことから、本来は望ましいことではないが、理事が全員一致してそうするのもやむをえないと決めたのであれば、それを無効とまでいいえないであろう。しかも債務者丁原、甲山は、いずれも理事選任後直ちに監事を辞任している。しかも、理事の人選につき、監事に人事権を授権している以上、「理事ノ欠ケタル」場合にあたらず、仮理事の制度の適用の余地はない。
以上によれば、本来異常であり、望ましいことではないが、理事全員の決意にもとづく以上、監事への人事権の授権は、適法にして且つ有効と解するのが相当である。
しかして、右権限にもとづき、債務者丁原と甲山が債務者主張の如く順次新理事を選任していき債務者丁原が新理事長に互選されたことは、《証拠省略》により認められる。しかも社会福祉事業法三五条によれば定数の三分の一をこえる者が欠けたときに欠員補充の必要があるとするにとどまるから、前記四名の理事が全員一致の決議をすればすべて有効に決議しうると解される。尢も、その登記手続のあり方は問題のあるところであるが、右の選任行為を無効ならしめるものではない。
また右人事権の授権は、委任にその根拠を有するところ、民法六五一条によればいつにても、その法律関係を解消できるところ、昭和五八年八月二七日迄に債権者らがその法律関係を解消する意思表示をしたとの疎明はない。
かえって《証拠省略》によれば、債権者らは債務者丁原の行動を静観していたと解される。
四 以上によれば、債権者らの本件申請は、被保全権利について、疎明がないというべきであり、保証を立てさせて疎明にかえることも相当でないから、本件申請をいずれも理由なしとしてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 生田治郎)